失われたものを、もう一度植える
Kellenは、学校のすぐ近くで道に迷うとは思ってもいませんでした。
ある日の午後、高校3年次(Grade 12)のKellenは、UWC ISAKの裏手にある森へハイキングに出かけました。道はわかっているつもりでしたが、突然、何かがおかしいと感じました。彼を戸惑わせたのは、木の多さではなく、木がないことでした。目の前に現れたのは、何もない広大な空き地でした。葉擦れの音も、鳥の声もありません。あるのは土と石だけ。かつて生命にあふれていた場所は、静まり返っていました。
そのほんの数週間前、Kellenは同じ森の中を歩いていました。そのとき森がどれほど生き生きとしていたかを、彼は覚えていました。それが今では、見渡す限り荒れ果てた土地が、傷跡のように広がっていたのです。
その瞬間は、彼の心に残り続けました。

戸惑いから決意へ
多くの生徒なら、伐採された土地を目にしても、そのまま通り過ぎていたかもしれません。けれどもKellenは立ち止まりました。ただ悲しむだけでなく、何か行動を起こしたいと考えたのです。静けさをそのまま受け入れるのではなく、彼は「森を取り戻すために、何ができるだろうか」と問いかけました。
方向を見失ったこの瞬間は、気づきの瞬間へと変わりました。それは、教員たちが以前から感じていたKellenの力を映し出すものでした。物事を一つずつ切り離して見るのではなく、仕組みとして捉え、その構造やリズムを理解したうえで課題に向き合う力です。教室でも、野外教育でグループの遠征を率いるときも、彼は行動する前にまず耳を傾ける人ならではの、落ち着いた的確さで課題に向き合ってきました。
こうして、「Miyawaki Forest Project」が始まりました。
一本ずつ、希望を植える
Kellenは好奇心から、The New York Timesの「Can Tiny Forests Help Fight Climate Change?」という記事にたどり着き、そこから宮脇方式を知りました。宮脇方式は、その土地本来の樹種を密に植えることで生物多様性を回復させる、日本で生まれた手法です。植物学者の宮脇昭氏が確立したこの手法では、3平方メートルほどの狭い場所でも小さな森をつくることができ、従来の方法に比べて最大10倍の速さで森が育ちます。
高校2年次(Grade 11)のとき、Kellenはキャンパスで創造性・活動・奉仕(CAS)のグループ「Pocket Forest」を立ち上げ、横浜で開かれた、都市の小さな森をテーマとする国連のシンポジウムに参加しました。この経験を通じて環境分野のリーダーたちとつながり、決意はさらに深まりました。
この手法と、それがここ日本で生まれたことに触発されたKellenは、自然が失われた場所に、自分の手で小さな森をつくろうと決めました。調べるだけで満足する生徒も多かったかもしれません。しかしKellenはさらに一歩進み、理論を実践に移しました。
けれども、森を植えたいと思うことと、実際に植えることはまったく別物だと、彼はすぐに思い知ることになります。

静かな粘り強さで壁を乗り越える
Kellenは台湾・高雄市の職員に連絡を取り、複雑な行政手続きに取り組み始めました。まずは面識のない企業に、支援をお願いするメールを送ることから始めました。ほとんどの企業からは、返事すらありませんでした。大きな構想があるとはいえ、彼はまだ10代の若者にすぎなかったのです。初期の資金集めは何度も断られ、心が折れそうになりましたが、彼はあきらめませんでした。
支援は、思いがけないところから届きました。工業地帯に生物多様性を取り戻したいという彼の思いが、地元の寺院の考えと重なり、寺院からご寄付の申し出があったのです。計画に誠実さと目的意識を感じた地域の人々や団体も、彼の構想を後押しするようになりました。
植樹する場所を探すにも、さらに行政手続きが必要でした。一度は土地が割り当てられたものの、その後取り消されたこともありました。最終的に、小さな公有地の使用が認められました。そのころKellenは、プロの植樹家と出会います。その人は彼の師となり、土壌の再生や在来の植物についてだけでなく、忍耐強さや困難な状況を乗り越える力、そして希望についても教えてくれました。


生態系を育て、未来へ残すものを築く
宮脇方式は、ただ木を植えるだけのものではありません。生物多様性を取り戻し、自然と持続可能性を大切にするコミュニティを育むための方法です。そのためには、土壌の質の調査と改良、自然植生の樹種の調査、そして灌水の計画という、綿密な準備が必要です。
Kellenのリーダーシップのもと、地域のボランティアが集まり、240本の在来種の苗木を植えました。こうして、高雄市で初めての宮脇方式の森が誕生しました。彼の取り組みは台湾のCommercial Timesにも取り上げられ、その影響がどこまで広がりうるのかを、彼は実感しました。
プロジェクトを通じてKellenが示したのは、声の大きさではなく、落ち着きによって人を導くリーダーシップでした。計画がうまくいかないときも冷静に状況を分析し、静かな粘り強さで困難に向き合いました。苛立ちに流されて、前進を見失うことはありませんでした。観察力に優れた彼は、ほかの人が見落としていたつながりを見出しました。土壌とコミュニティのつながり、そして仕組みと解決策のつながりです。

肩書きを超えたリーダーシップ
Kellenのプロジェクトは、単独の成功談ではありません。先の見えない状況の中でも意味のある行動を起こすという、UWC ISAKのリーダーシップの考え方を、彼が体現していることの表れです。
教室でも、彼は現場で見せるのと同じ深い思考を発揮します。彼との議論は、倫理や持続可能性、そして長期的な責任とは実際にどういうものかという問いにまで、しばしば広がります。教室の外では、所属する寮のResidential Assistant、バレーボール・クラブのキャプテン、野外教育のリーダーを務めています。週末には日本の山々で、生徒と自然をつなぐ野外教育の遠征を引率している姿がよく見られます。
この歩みの中で、Kellenは「自分や社会にとって大切なことを見極める」ことを絶えず求められてきました。環境のことだけでなく、自分自身の成長においてもです。「困難な状況においても行動を起こす」場面は、数えきれないほどありました。そしてそれこそ、彼がUWC ISAKでの学びを通じて身につけてきた力です。
本校では、リーダーシップとは肩書きを持つことではありません。正しいことだからこそ、困難なことに取り組むことです。居心地が悪くても。確信が持てなくても。



あらゆる方向に根を張る
森で道に迷ったあの瞬間は、大きな転機となりました。Kellenが大学進学の準備を進める今も、彼が植えた森は育ち続けています。生態系として、そして生徒主導の取り組みが未来に残すものとして。
彼にとって、これは一つの出来事や一区画の土地の話ではありませんでした。生態系と自分自身、その両方を再生させるための仕組みをつくることだったのです。彼の歩みは、知識と内省、そして勇気が重なったときに何が起こるのかを示しています。失われたものに気づくことから始まり、新たなものを生み出すことで結ばれた物語です。
この経験を通じて、Kellenは気づきました。本当の変化は、何が必要かに気づき、最初の一歩を踏み出すと決めたときに始まるのだと。たとえ小さく感じられても。たとえ怖くても。
そして本校にとってこれは、最も長く続くリーダーシップは、一人の生徒が目を凝らすことを選ぶところから、静かに始まることが多いのだと改めて教えてくれる出来事です。宮脇方式の森を植えることで、Kellenはポジティブな変化を生み出すきっかけをつくる人になりました。
物語は、ここで終わりではありません。これは、最初の森にすぎません。
