ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン校長 マルコム マッケンジーの2023卒業式のスピーチ
卒業生の皆さんへ。
皆さんはUWC ISAKに入学した日、どのように同級生や先輩、教職員の方々に「こんにちは」と挨拶をしたか覚えているでしょうか。皆さんのほとんどがGrade 10から、2名がGrade 11から本校に入学しました。新型コロナ感染症が拡大していた最中ではありましたが、私達教職員は皆さんがここに到着した日のことを覚えています。パンデミック危機に見舞われたものの、皆さんは本校でさまざまな素晴らしい経験をしていただけたと願っております。話を最初の質問に戻しますが、皆さんはここで最初にどのように「こんにちは」と言ったでしょうか。その時のことを思い出し、そして数分間、頭に思い浮かべてみてください。
「こんにちは」という言葉は実にさまざまな言い方があります。今年度、本校では北海道の先住民族であるアイヌの人々とのつながりを深める活動を推進してきました。昨秋、本校にアイヌの人々をお迎えし 、さらに今年3月のプロジェクトウィークには、一部の生徒と教員一名が北海道を訪問しました。こうした活動は来年度も継続していく予定です。アイヌの人々が来校された際、「イランカラプテ」というアイヌ語の挨拶を教えてくださいました。「こんにちは」という意味の言葉ですが、その響きには「あなたの心にそっと触れさせていただきます」という温かいメッセージが込められているともいわれているそうです。ですから、本日ここで皆さんにも「イランカラプテ」という言葉を贈りたいと思います。UWC ISAKという学校の仲間たちが、皆さんの心にそっと触れることができたのであれば幸いです。
Locked Down and Opened Up
私達が誰かの心にそっと触れる時、相手の心も私達に向かって開きます。「開く」は、英語で「open up」といい、対義語は「lock down(封じ込める)」です。そう、パンデミック発生で話題になった、私達もよく知るロックダウンです。世界中の国や都市、市区町村、学校などがそれぞれの方法で外の世界から自らを閉ざすことになりました。しかし、その逆、つまり「開く」という行為の意味を私達は理解しているでしょうか。
歴史上の人物の何人かが、この問いに関するある驚くべき秘密を解き明かしています。その秘密とは、「人は閉ざされた状況下でも、世界に向かって自らを開くことが可能である」ということです。シェイクスピアの悲劇に登場するハムレット王子はある場面で自分のことを「たとえクルミの殻に閉じこめられようと、無限の宇宙を支配する王者と思いこめる男だ」(シェイクスピア『ハムレット』より、訳・小田島雄志)と表現しています。なんという台詞でしょうか。彼は、クルミの殻ほどの狭く窮屈な場所に閉じ込められようとも、想像力があれば無限の宇宙の王の気持ちになれると説いたわけです。つまりこれこそが、閉ざされた環境で自分を開くということではないでしょうか。それは、ある種の魔法です。ですから皆さんも、果てしない世界の王や女王になってください。魔法使いになるのです。
Poetry and Magic: Discovering Infinite Space and Imagination
魔法使いといえば、詩人もまた魔術師です。皆さんのクラスメートのアンディーは、皆さん知っての通り 、詩が大好きです。2カ月前、その彼に私が贈ったある短い詩を、今日ここで皆さんにもお伝えしたいと思います。19世紀のアメリカの詩人、エミリ・ディキンスンによる美しい27語の叙情詩で、この詩を読むたびに私はある意味心が解き放たれるようで楽しい気分になります。
草原を作るには、一本のクローバーと一匹の蜂がいる。
一本のクローバーと蜂。
そして、夢。
もし蜂がいなければ、
夢だけでいい。
ほぼ毎日のように、この詩はそっと私に呼びかけます。そしてこの詩もまた、私に返事をするかのように、そっと私の心に触れてくるのです。ディキンスンが詠んだ草原とは、私達が心を開放できる、水平線のない壮大に広がる世界です。その「草原」を築く、あるいは創造するために必要なのは一本のクローバーと蜂一匹だけ。そして彼女にとって夢とは、その「草原」を創ること、およびそこから生まれる思索的な心の状態を意味しています。こうした心の草原は、私達の心を開いてくれるのです。
Stronger through Resilience and Reflection
おそらく、パンデミックはこの点について私達に気づきを与えてくれたのかもしれません。新型コロナ感染症という脅威に見舞われ多くの方々が亡くなり、生き残った私達はそうした経験の分、今までよりも強く生きなくてはなりません。以前にも増して不屈の精神や意思を持って生きることが私達自身、そして亡くなった方に対する義務なのです。そして自分の家や国に閉じ込められながら普段以上に自分自身でやりくりして生活せざるを得ない状況を強いられた私達だからこそ、内なる沈黙や、さらには夢を見るということの大切さを思い知ることができたのだと思います。
Seizing Opportunities and Enriching Lives
皆さんにおかれては、こうしたことに思いを馳せ、これからの人生を通して、たくさんの「草原」を作ってください。本校に初めて来た日のこと。ロックダウンのこと。心を「開く」ということ。草原のように果てしなく広がる世界。心の可能性。そして想像の力。私の物思いにお付き合いくださいまして心から感謝いたします。
さて、卒業生の皆さんと本校について少しお話ししましょう。皆さんも私達教職員も、UWC ISAKジャパンという学校ならびに本校を通じたさまざまな機会を経験できたことは、大変幸運だと思います。その幸運をここでどう生かしてきたかが、今こうして行われている卒業式に現れています。卒業生の皆さん、おめでとうございます。よく頑張りました。これまで本校での時間を有意義に使ってこられた皆さんにとって、ここで会った人や経験したことはこの先の人生でも意味をなすことになるでしょう。そしてその財産で、 皆さんは自分の人生のみならず、他人の人生も豊かにしていくのです。
A Unique Bond Amidst the Pandemic
そしてそれ以外にも、皆さんはある特別な思い出を持ち帰ることとなります。もしパンデミックが起こっていなければ、皆さんの本校での生活はまったく違ったものになっていたことでしょう。それは間違いありません。しかしそのことで不平を漏らしたり、自分を哀れんだりしてはいけません。Class of 2023の皆さんは、2020年、2021年、2022年の卒業生と並び、特別な意味でグローバルな経験をしています。この数年間に卒業を迎えた皆さんは今後、場所や季節を問わず世界中、いつでもどこでも、何の説明も要らずに互いの共通点がわかり、共感し合えることでしょう。それは、世界規模で拡大した危険な感染症から生まれた非常に珍しい共通点です。
Embrace Openness: Acting with Agency and Embracing New Experiences
ここまでロックダウンや心を開くことについてお話ししてきましたが、最後に、皆さんに自分自身を存分に「開く」ことをお願いしたいと思います。逆境に陥っても消極的にならず、行為主体性を持って行動するのです。私達の心とパラシュート との間で共通することは何でしょうか。それは、どちらも開くことでその効果を発揮するということです。ですから、心を開いてください。皆さんの寛容さが、皆さんを柔らかで安全な場所に導くとともに、新しいものとの出会いや経験をもたらしてくれるのです。
そして本校から羽ばたき、新たな目的地に降り立った時、新しい人々との関係を築いていってください。その中には、生涯付き合うことになる人がいるかもしれません。皆さんはここで素晴らしい友達ができたことと思います。今後大学で過ごす何年かの間にも、もっと多くの友達を作ってください。
また、新しいアイデア、意見、知識、技術も身につけてください。
新しい文化、多様で公平な視点や生き方を受け入れ、そして差別のない世界を作る立役者になってください。
私達の地球や生き物への愛情をもっともっと持ってください。
十代最後の自分、そして二十代になる自分をもっと磨いて切り開いてください。この先に素晴らしい10年間が皆さんを待ち受けています。
Farewell, but Not Goodbye
メッセージの冒頭で、「こんにちは」を美しく表現する言葉についてお話ししました。それでは、「さようなら」を美しく言うにはどう表現すればよいのでしょうか。「心から、そっとあなたにお別れを言います」や「私の心からあなたをそっと離します」といえばいいのでしょうか。いずれも正しい答えではありません。皆さんの卒業に相応しい別れの言葉は何かという質問に対する最善の答え。それは、別れの言葉は必要がないというものです。皆さんはここにいて、どこへも行かなくていい。物理的にはここから去らなくてはいけなくてはなりませんが、本校がいつも皆さんの人生に在るように、皆さんの心もいつも本校に在ってよいのです。
そんな形で私達が互いを大切にしてけたなら、皆さんは必ず平和で持続可能な未来に向けたカタリストになれるのです。そして一度しかない人生を思い切り生き、世界を変えていくとともに、いつでもその心の中で優しくUWC ISAKジャパンに触れ、ここで過ごした日々に思いを馳せ続けることができるのです。
校長 マルコム マッケンジー
Note: Our congratulations also go to the Class of 2023 international students who could not come to campus during the pandemic in 2021. Read more about them in this blog article.